女性は40歳を過ぎると少しずつ卵巣機能が低下し、平均50歳で閉経を迎えます。閉経前後の約10年を「更年期」と呼び、女性ホルモン分泌の低下による心身の様々な症状が起こることがあります。症状の現れ方や程度、継続期間には個人差がありますが、症状が重く日常生活に支障を来すものを「更年期障害」とよびます。
更年期障害とは?
更年期と閉経
最後の生理から1年生理がなかったとき、最後の生理をもって「閉経」といいます。閉経時期は人によって異なり、閉経前後の約10年を「更年期」とよびます。
ライフステージと女性ホルモン分泌量
卵巣から分泌される「女性ホルモン」には、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の2種類があり、生理周期にあわせて変動を繰り返しています。エストロゲンの分泌は20代でピークを迎え、性成熟期を経て40歳頃から卵巣機能の低下によりエストロゲン分泌は少しずつ減少し、更年期の時期には減少したり増加したりとゆらぎ始めます。
更年期障害の主な症状
血管運動神経症状 : ほてり・のぼせ(ホットフラッシュ)・発汗など
自律神経のバランスが崩れると血管拡張・収縮のコントロールができなくなり、急に大量の汗が出たり、暑くもない時に自分だけ汗をかいたりといった「ホットフラッシュ」が現れます。症状は上半身に現れやすく、場合によっては夜中に目覚めることもあります。
身体症状
疲れやすさ、めまい、動悸、頭痛、肩こり、腰や関節の痛み、足腰の冷え、膣乾燥感、性交痛など
精神神経症状
不眠・イライラ・不安感・気分の落ち込み・やる気の低下など
症状が全くあらわれない方もいれば、症状の軽い方~重い方、たくさんの症状に悩む方もいます。症状の自覚があるにもかかわらず、検査では異常が見つからず、症状を説明する病気が特定できない「不定愁訴(ふていしゅうそ)」が多いところも更年期障害の症状の特徴です。
更年期症状の原因
卵巣機能の低下(エストロゲンの減少) と 加齢に伴う身体的変化
エストロゲンは月経を整え出産にそなえるだけでなく、身体の様々な場所で働いています。
- 乳房 : 乳腺の働きを活発にする
- 血液 : 悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールを増やして血管の若さを保つ
- 皮膚 : コラーゲンや水分量を調節し、ハリや潤いを保つ
- 神経 : 自律神経のバランスを保つ
- 脳 : 記憶力や認知力をアップする
- 骨 : カルシウムの流出を防ぎ、骨量を保つ
- 全身 : 肥満を抑制する
エストロゲンが減少する更年期には様々な身体機能の低下が認められます。
心理的・社会的な要因
更年期の女性の多くは、職場での人間関係、家庭では子どもや配偶者の問題、親の介護、金銭的負担などストレスが多く、「エストロゲン減少と加齢に伴う身体的変化」に加えて「心理的・社会的な要因」が複雑にからみ合うことで、更年期症状が起こると考えられています。
更年期障害の検査・診断
更年期障害の検査
年齢的に更年期障害だろうと思っていても、背景に「何らかの病気」が隠れていることがあります。つらい症状が現れているのであれば、ご相談ください。
問診
更年期障害の症状把握のために簡略更年期指数(SMI)がよく用いられます。気になる方は更年期症状をチェックしてみましょう。
注:どれか1つでも症状が強く出ていれば、【強】としてください。
【強】症状によって、生活に支障が出ることがある。
【中】症状はあるが、生活に支障が出ない程度。
【弱】症状があるかもしれない。
(引用文献)更年期・閉経外来-更年期から老年期の婦人の健康管理について-|小山嵩夫日本医師会雑誌109:259-264,1993
婦人科的には、生理が順調か不順か、閉経しているかを確認し、生理以外の不正出血の有無や、卵巣の手術歴、子宮がん検診、乳がん検診をきちんと受けているかなどを問診します。婦人科以外の内科的・外科的な病気にかかったことがあるか、うつ病などの精神的な病気の可能性がないか、健康診断を毎年受けているかどうか、などの問診を行います。
婦人科診察
更年期障害となりうる婦人科の病気がないか、更年期障害の治療により副作用が出るような病気がないか、子宮・卵巣の状態を調べます。
- 経腟 エコー検査 超音波検査
子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症などの病気がないかをチェックします。 - 血液検査(ホルモン検査)
女性ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン)や下垂体から分泌される卵巣機能を調節するホルモン、甲状腺機能をチェックします。女性に多くみられる甲状腺の病気でも、更年期障害と似た症状が現れることがあります。 - 子宮がん検査
子宮頚がん、子宮体がんにかかっていないか検査をします。
更年期障害の診断
女性ホルモン(エストロゲン)の値には「ゆらぎ」があります。ある時点の検査でエストロゲン値が「正常」でも、数か月後には「閉経」の値という結果のことがあります。逆に「閉経」の値だったのが数か月後に「正常」の結果となる場合もあります。そのため更年期障害の診断には、ホルモン検査の結果だけでなく、症状や心理的・社会的な要因などを総合的に評価します。
診断がうまくつかない場合もあり、診断的治療といって、投薬でエストロゲン補充を行って症状が改善することで更年期障害の診断がつく場合もあります。エストロゲン補充を行っても症状の改善がみられなければ、困っている症状は更年期障害が原因ではないと診断がつくこともあります。
更年期障害の原因は「エストロゲン減少と加齢に伴う身体的変化」であり、「症状が他の病気によって起こっているものではない」と確認することが大切です。
更年期障害の治療法
更年期障害に対する治療には「ホルモン補充療法」「漢方薬」「向精神薬」などいくつかの治療法があり、相談しながら選択します。
ホルモン補充療法 (HRT:Hormone Replacement Therapy)
HRTは減少したエストロゲンを補う治療法で、様々な更年期症状を改善することが可能です。
- ホットフラッシュ(のぼせ、ほてり)、発汗、不眠の緩和に有効性が高いとされています。
- 泌尿生殖器の萎縮症状(萎縮性膣炎・腟の乾燥感・尿失禁・頻尿)に有用です
エストロゲンの減少により膣粘膜や外陰部組織がうすくなるため抵抗力が低下し炎症が起こりやすくなり、頻尿などが起こることがあります。膣粘膜のうるおい不足による性交時の痛みも改善します。 - 骨粗しょう症の予防にも有用です。
【HRTで使用する薬の種類】
薬には経口の内服薬と、皮膚から吸収される貼り薬(パッチ)・塗り薬(ジェル)があります。
経口の内服薬は胃腸から肝臓を経由して血液中に吸収されます。貼り薬・塗り薬は皮膚から直接血液中に吸収されます。
子宮のない方(子宮摘出後の方)は、エストロゲン製剤のみの「エストロゲン単独療法」を行います。
子宮がある方では、エストロゲン製剤と、子宮内膜増殖症を予防するために黄体ホルモン製剤を併用した「エストロゲン・黄体ホルモン併用療法」を行います。
※エストロゲン単独療法
エストロゲン製剤には内服薬、貼り薬(パッチ)・塗り薬(ジェル)の3種類があります。
※エストロゲン・黄体ホルモン併用療法
- エストロゲン製剤+黄体ホルモン製剤
エストロゲン製剤に黄体ホルモン製剤の内服薬を併用します - エストロゲン・黄体ホルモンどちらも含まれる配合薬 : 貼り薬(パッチ)
副作用は貼り薬・塗り薬の方が少ないといわれています。
貼り薬は皮膚がかぶれやすい方やスポーツなどではがれやすい方には向かないなど
それぞれ長所・短所がありますので患者さんに合った薬を選択します。
【HRTの代表的な副作用(マイナートラブル)】
- 不正出血 : 最も多い副作用でHRTを続けると頻度は減少し半年ほどで見られなくなりますが、個人差があります。
- 乳房の張りや痛み ・片頭痛 などがあります。
【HRTにより増加する可能性のある疾患】
- 乳がん
- 卵巣がん
- 静脈血栓塞栓症
- 冠動脈疾患
- 脳卒中
乳がん発症リスクに関しては、エストロゲン単独療法ではリスクは上昇しないとする報告と、リスクは上昇する報告の両方があります。エストロゲン・プロゲステロン併用療法ではリスクが上昇する可能性があるといわれています。
子宮体がんに関してはプロゲステロン併用療法で増えないことがわかっていますが、卵巣がんのリスクは少しだけ上昇するといわれています。
HRT実施前、実施中、終了後は婦人科診察(エコー検査と子宮がん検診)と乳がん検診を定期的に行う必要があります。
【HRTできない人(禁忌症例)】
重度の肝機能障害、血栓症リスクがある方、現在子宮体がん・乳がんにかかっている方、血栓性静脈炎や静脈血栓塞栓症の既往のある方、心筋梗塞や脳卒中の既往がある方は治療できません。
【HRTに慎重を要する人(慎重投与症例)】
60歳以上または閉経後10年以上で新規にHRTを始める方、子宮体がんや卵巣がんの既往のある方、血栓症のリスクをお持ちの方、胆のう炎や胆石症の既往のある方、コントロール不良な糖尿病や高血圧のある方、片頭痛のある方、肥満の方、てんかんの既往のある方などは慎重に治療を行う必要があります。
HRTによる有害事象は、患者さんの年齢や、閉経後の年数、併存疾患の有無、使用するエストロゲン製剤の種類や量・期間・投与経路(経口か経皮か)、黄体ホルモン製剤の併用の有無により様々に異なるためリスクを個別に判断して説明します。
漢方療法
不定愁訴とよばれる多彩な症状には、自然由来の生薬を組み合わせた「漢方薬」が効果的なことがあります。ホルモン剤に抵抗のある方やHRTができない方や漢方薬が効果的なことがあります。またHRTに漢方薬を併用することも可能です。効果が現れるまで時間がかかり、体質に合わなければ効果を実感できないこともあります。
更年期障害の治療によく使われる漢方薬には、次のようなものがあります。
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
貧血ぎみで少しむくみがあり、下半身の冷え、頭痛・めまい・肩こりのある方に - 加味逍遥散(かみしょうようさん)
肩こり・疲れがあり精神神経症状がある方に - 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
赤ら顔でのぼせのある方に
向精神薬療法
精神症状が重い場合には向精神薬の利用を考慮します。更年期のうつ状態には「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」「セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬(SNRI)」といった新しい抗うつ薬が有効とされていますが、当院では行っておりません。特に希死念慮(死にたいと願う)がある場合などには、精神科や心療内科、メンタルクリニックなどの専門医の受診が必要です。
プラセンタ注射
更年期障害治療の選択肢の1つに「プラセンタ注射」があります。
サプリメント(健康食品)
更年期障害に対するサプリメントとして、大豆イソフラボン(エクオール)が知られています。
エクオールは大豆製品に含まれる成分「大豆イソフラボン」が腸内細菌によって変換された成分ですが、この腸内細菌を持っているかがポイントで、日本人女性では2人に1人しか持っていないとされています。せっかく大豆製品を取っても、その恩恵を受けられない方が半数いらっしゃいます。
エクオールは女性ホルモン(エストロゲン)と似た構造・作用を持つため、ほてり・のぼせ・発汗などのホットフラッシュ症状に効果が期待できます。
ほかに、骨密度減少の緩和、抗炎症作用など様々な作用を有しています。
当院でもエクエル(大塚製薬)を取り扱っておりますので、お気軽にご相談ください。
更年期を快適に過ごすためのポイント
加齢に伴う卵巣機能の低下はどなたにでも起こります。更年期の時期を少しでも快適に過ごすためには、生活習慣の見直しなど「セルフケア」が大切です。
- 運動
適度な運動は気分転換となるだけでなく、運動することで程よい疲れが生まれ、夜に自然と眠気を催し、しっかり睡眠が取れるようになります。また、十分睡眠を取ることにより、朝すっきり目覚められる上、朝日を浴びることは「うつ状態」の改善に効果的です。
さらに、趣味などで適宜ストレス発散することも大切で、その結果として自律神経が整えられ、不定愁訴の改善に繋がります。 - バランスの取れた食事
栄養バランスのよい食事は、閉経後の生活習慣病の予防にもなるため、日々の食事に緑黄色野菜、魚料理を積極的に取り入れて、栄養素の偏りが起こらないように心がけましょう。また、イライラの改善、骨粗しょう症予防には、牛乳・チーズなどの乳製品、豆腐・納豆などの大豆製品といった「カルシウム摂取」が有名ですが、1度にたくさん食べるのではなく、3回の食事をバランスよく食べる方が効率よく摂取することができます。 - リラックス法
- 禁煙